童話

『カンタとヒロキの冒険』 ~クリスタル・アシスト~

その日、カンタとヒロキは小学校の帰りに少し寄り道をした。
 ここは町はずれのたまみね山。この山の高台からはふたりの通う小学校を見下すことができる。
「むかし、この山で水晶がたくさんとれたんだって。知ってた?」
 カンタの誘いにヒロキは「スイショウ?」と聞き返した。
「そうだよ。この前の日曜日、うちのおじいちゃんに聞いたんだ。この山の水晶は、持っているだけで願いが叶うんだって」
「へぇえ。今もあるのかなぁ」
「探してみようか?」
「うん!」
 カンタとヒロキは山の奥へと入っていった。
 ふたりとも来年には中学生になる。山の奥なんてちっともこわくない。けもの道をたどって先へ進み、時々しゃがみこんではあたりを見回した。けれど水晶はなかなか見つからなかった。
「あ、危ない!」
 突然、ヒロキが大きな声を出した。「ハチ、ハチがいる!」
 カンタの目の前に一匹のミツバチが飛んでいる。
「大丈夫。ミツバチはそう簡単に人を刺したりしないよ。針が取れて死んじゃうからって、おじいちゃんに聞いたことがある」カンタは落ちついてヒロキに説明した。
 カンタのおじいちゃんは養蜂場で働いている。養蜂(ようほう)とは、ミツバチを育ててハチミツを集める仕事のこと。カンタはおじいちゃんが大好きで、時々遊びに行ってはハチミツをなめさせてもらった。ハチミツには抜群の栄養があって、体調がよくないとき、おじいちゃんのハチミツをなめるとカンタはすぐに元気になった。
 カンタは得意な顔をして説明を続けた。
「おかあさんが妹を生んで元気がなくなったときも、おじいちゃんがローヤルゼリーっていう特別なハチミツをもってきてくれたんだよ。おかあさん、とっても元気になって喜んでた」
 ぼくのおかあさんもハチミツをなめたら元気になるかな。おかあさん、働き過ぎていつも疲れているみたいだからローヤルゼリーを食べさせてあげたいな。ヒロキはカンタの話を聞いて、自分のおかあさんも助けてくれるかもしれないと思うと、ミツバチがとてもいとおしくなった。

「あ、たいへんだ!」
 そのとき、目の前を飛んでいたハチが力なく落ちて、よろよろと転がった。
「カンちゃん、このハチ死んじゃうよ!」
「だいじょうぶ。ぼくにまかせて」
 カンタはポケットから白いハンカチを取り出し、そっと包み込んだ。そしてかばんの中からちいさなびんを取りだした。のどが痛いときに時々なめるといいといってカンタのおかあさんが持たせてくれたハチミツだ。
 ミツバチはどうやら大けがをしているようだ。
 カンタはハンカチの上にハチミツを垂らした。するとミツバチはみるみる元気を取り戻した。そうして、どこからともなく小さな声が聞こえてきた。
「…お願いが……あります…」その言葉はカンタとヒロキの頭の中に直接入ってきた。弱々しくかすれているけれど、やさしくて美しい声だ。「どうか助けて下さい。わたしは、働きバチのミーチャといいます。わたしたちの家が悪者たちにおそわれているのです」
 ミツバチのミーチャは、ちいさな女の子の姿になった。
 カンタとヒロキはおどろいて、顔を見合わせながらも「ぼくたちで力になれることなら」と言った。
 ミーチャはすっかり元気をとりもどした。
「わたしたち働きバチは毎日花粉を集めて、巣に持って帰って女王様をお守りしてるの。ちなみに働きバチはみんな女の子。オスバチもいるけど、あんまり当てにはならないわね」
「じゃあ、さっきは働きすぎて疲れたの?」ヒロキはおかあさんが倒れたのも働きすぎだったのかなと思い、心配になって言った。
「うん、実は新しい女王様がお生まれで、今度巣分かれをすることになって、たいへんなの」
「スワカレって?」カンタが口をはさんだ。
「巣分かれっていうのは、巣の中のハチたちやハチミツを半分ずつに分けて引っ越すことよ」ミーチャは真剣な顔になった。「それでね、このときをねらって恐ろしいハニーハンターが現れたの」
「ハニーハンターって、何?」
 ヒロキが聞くと、ミーチャの替わりにカンタが答えた。
「おじいちゃんが言ってた。ハニーハンターっていうのはミツバチの巣からハチミツを勝手に取るやつらのことだって。ミーチャたちはハチミツをねらうやつらのことをこう呼んでるんだね」
 カンタは続けてヒロキに聞いた。「ところでミツバチが一生に集めるハチミツって、どれくらいか知ってる?」
「考えたことないなあ」ヒロキは首をかしげた。
 カンタは声を低くして「うん、ぼくも聞いてびっくりしたんだ。スプーン一杯もないくらいだって。ぼくらはそれをおすそ分けしてもらってるんだから、感謝しなくちゃね」
 ふたりの話を聞いて、ミーチャはぽろぽろと涙をこぼした。
「わたしたちのことをこんなにも分かってくれる人がいるなんて、ああ、わたし生きててよかった」
 カンタは、ミーチャの涙を見てヒロキと顔を合わせた。
「さあ、急ごう。ハニーハンターをやっつけるんだ!」

 ふたりはミーチャの案内で草むらをかき分け小川を飛びこえ、山奥へとどんどん進んで行った。
しばらく歩いたところでミーチャが突然止まった。
「気をつけて。このあたりからハニーハンターの部下がいるかも知れないわ」
 どうやらミーチャの言うハニーハンターとは、猛獣か妖怪か、とにかく得体の知れない恐ろしい何からしい。カンタはあたりの様子をうかがっている。ヒロキは怖くて足が震えている。ミーチャが耳をすませて言った。
「来た!」
「え?」
「キラービーたち! ハニーハンターの部下よ」ミーチャのことばどおり、黒いアブのような無数の虫が一気に攻め込んできた。
「カ、カンちゃん、助けて!」ヒロキが悲鳴を上げた。
 ミーチャはカンタにウインクして「ねえ、さっきわたしを包んだハンカチは?」と言った。「えっ、ハンカチ?」カンタはズボンのポケットを探った。「えっとえっと、確か右のポッケに……」慌てて探すカンタがくるくると踊るように回った。するとヒロキの目に白いものがちらついた。「カンちゃん、左、左!」ハンカチはカンタのおしりの左にあった。「やったぁ、白いハンカチ、ゲット!」
 ふたりの様子を見て微笑みながらミーチャがふっと息を吹きかけると、ハンカチはみるみる大きなシーツに変わった。
「みんな、このなかに隠れて!」
 ミーチャと一緒にカンタとヒロキもシーツにくるまった。シーツはみんなをぐるぐると包み込んで、ちいさな白いボールになった。ボールはびゅんびゅんと飛び回り、次々とキラービーに体当たり。その勢いでキラービーは飛び散り、みんな消えてしまった。
「やったー!」
 みんなの笑顔がはじけた。
 いよいよ、ハニーハンターとの戦いだ。

「あそこよ、あそこ!」ミーチャが指差した。
 毛むくじゃらの大きな怪物、ハニーハンターがミーチャの仲間を吹き飛ばしている。まわりではたくさんのミツバチが命がけで抵抗していた。
「女王様ー!」ミーチャが巣の中に飛び込んだ。
「よし、行こう!」
 カンタがそう言うと、ふたりはミツバチの姿になった。
「ぼくは左に回る。ヒロくんは右のミツバチに指示を出すんだ」
「うん、わかった!」

 激しい激しい戦いは三時間にもおよんだ。
 カンタとヒロキの活躍で何度かハニーハンターを押さえ込んだものの、かなりの苦戦。こちらの体力もさすがに限界。「カンちゃん、もうダメ」とヒロキは倒れそうになった。「まだあきらめるな!」と叫ぶカンタも、さすがにあきらめそうになった。
 そのとき、ミーチャが竹筒のようなものを持ってきて、ふたりに黄金色の液体をかけた。
 一面が、ぱあっと、黄金色に輝いた。
 これはハチミツ……いや、特別製のローヤルゼリー!
「カンタさん、ヒロキさん、お願いね」ミーチャの近くで女王様がにっこりと微笑んだ。
「ヒロくん、いくぞ!」
「オッケー、ゴー!」
 光り輝くオーラをまとった左右の飛行隊が、ハニーハンター目がけて一気に襲いかかった。

   グワァアアアアアーッ!!!

 ハニーハンターは断末魔の叫び声を上げながら、閃光に包まれて消えていった。
「やったー!」

 小さな水晶がころがった。
「あれえ? ハニーハンターが水晶になっちゃた!」
 ヒロキの言葉にミーチャが笑いながら答えてくれた。
「ハニーハンターの悪い魂がクリスタルの結晶を包んでいたのよ。わたしたちは水晶のことを、クリスタルって呼んでいるわ。クリスタルはね、自然界を調和する力を持つのよ。それをハニーハンターが奪って自分の力を強くしていたの」
「へぇ、そうだったんだ」ふたりは驚いた。
「そうだ。このクリスタル、お礼にあなたたちにあげるわ。ねぇ、女王様、お許しいただけますよね?」
 女王様はミーチャの言葉にうなずいて、やさしく微笑んだ。
 小さな水晶は、カンタの手の中でまぶしく輝いた。あまりの輝きに、ふたりは思わず目を閉じた。

 気がつくと、カンタとヒロキはもとの山奥で座っていた。
 すこし疲れたけれど、さわやかな風に吹かれて気持ちがいい。カンタはポケットから小さな水晶を出した。
「これ、ヒロくんにあげるよ」
「え、ぼくにくれるの?」
 カンタはヒロキの顔を見てにっこりと笑った。
「うん、いいよ」
 ヒロキの手に、虹色に輝く小さな水晶が置かれた。ヒロキはうれしそうに水晶を見つめた。
 カンタは町を見下ろしながら、ヒロキに言った。
「あのね、前におじいちゃんが言ってたけど、世のなかには、がんばってがんばって、一生懸命がんばって、それでもうまくいかないことがたくさんあるんだって」
「うん」
「それでも、どんなにうまくいかなくっても、がんばってがんばって、ずうっとずうっとがんばんなきゃいけないんだって。あきらめたらそれで終り。あきらめなければ、夢はきっと叶うから」
「うん」

 夕暮れの近づいた空にあかね色の雲が輝いている。
 さあ、そろそろ帰らないと、おかあさんが心配するからね。うん、そうだね。おかあさん、きっと元気になるよね。うん、きっとね。
 おだやかな風がふたりの少年をそっと包みこんだ。

(おしまい)

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