「あぜみち」

 タカシはあわてて飛びはねた。
 小学校の帰り道、タカシはペットボトルのジュースを飲みながら、マサルと自転車をこいでいた。そこにひょいひょいと二匹のカエルが田んぼのわき道からはい出してきたのだ。少し青みがかった緑色の小さなカエルはこちらの姿に驚いてそそくさとあぜ道の草むらに逃げ込んでいった。タカシとマサルは思いっきりブレーキを握って危うくひっくり返りそうになった。
「あぶなかった。もうすこしでぶつかるところだった」
 タカシがそう言うと草むらから小さな声が聞こえた。
(アブナカッタ。モウスコシデミツカルトコロダッタ)
 二人は不思議に思い、田んぼのほうに近づいてみた。
 田んぼをのぞくと雑草の生えたあぜ道に少し青みがかった緑色の二匹の小さなカエルがいる。
 タカシはマサルの顔を見た。
 マサルもタカシの顔を見た。
 二人は勢いよく腕を伸ばし、あっという間にカエルを捕まえた。
 タカシは残っていたジュースを飲みほし田んぼの水を少し入れ、カエル二匹をペットボトルに押し込んだ。
「このカエル、オレがかうよ」タカシが当然の顔で言った。
「えぇ~? ボクもほしいよ」マサルが不満な顔で応えた。
「オレのだよ!」
「ボクのだよ!」
 マサルが手を出そうとした瞬間、タカシは左手で押し返した。
「わァ~!」
 はずみでマサルがひっくり返り、ペットボトルも転がって、中のカエルもグルグルと回った。
「いてて。ひざっこぞう、すりむいちゃった」
 マサルのヒザから血がにじんだ。
 タカシはちらっと見たけれど、すぐに平気な顔をして言った。
「マサルがドジだからだよ」
 マサルは口をとがらせて、「ひどいなあ」
「ちぇ、しょうがないなあ。じゃあ、ジャンケンできめよう。それならいいだろ?」
「まあ、それなら」マサルはしぶしぶタカシの言うとおりにした。
「じゃあいいか、マサル。最初は」
「グー!」
「パー!」
「あ! タカシくん、ずるい!」 
「なにがずるいもんか。ボクの勝ちだ!」
「ええええ、そんなぁ。ちぇ、またやられた」
 じゃんけんの決まりではまず互いにグーを出し、それから勝負をするが普通だ。ところがタカシは決まりを無視していきなりパーを出したのだ。どうしても負けたくないときに使うタカシの奥の手だ。マサルは今までにも何度かこの手でタカシにやられたことがある。悔しいけれど逆らえない。
「ん? マサル、なにかもんくあるの?」
「いいよ、もんくない」
 タカシは満足そうにペットボトルを自転車のカゴに突っ込んで、マサルと別れて家に帰った。

 雪解け水はゆらゆらと楽しげに田んぼのまわりを泳いでいる。何もかものんびりと午後の穏やかな日差しに包まれていた。
 タカシは家に帰ると水道の蛇口をひねり、ペットボトルに水を加えた。
「ほら、あたらしい水だぞ。気持ちいいだろ!」
 二匹のカエルは勢いよく浸入する水に押し流されながら、激しく手足をバタつかせた。
「お、元気に動いているな。よしよし」
 彼らはそのまま机の横に置き去りにされた。

 それから三日たった土曜日、タカシの家に宅配便が届いた。あて名はタカシだ。自分あてに小包みが届くなんて初めてのことだ。

 そわそわうきうき
 なにがはいっているのかな
 そわそわうきうき
 いったいだれのおくりもの
 そわそわうきうき 
 わくわくがまんができない
そわそわうきうき

 小包みの茶色い紙を破くと中からは花柄の包みが現れた。
「あ、やった~!」
 中には、パジャマが入っていた。フード付きでふかふかの緑色のパジャマだ。
「こんなのほしかったんだ!」
 近くで見ていたお母さんがにっこり笑ってタカシに言った。
「よかったわね。大阪のおじさんがね、タカシに似合うからって、送ってくれたのよ。お母さんはもう話が終わったから、タカシからもおじさんに電話してお礼を言うのよ」
「ええぇ、電話? おかあさんがしたんなら、いいじゃない」
「なに言ってんの。もう五年生なんだから、自分でちゃんとお礼を言いなさいよ」
「ちぇ、しかたないなぁ」
 タカシはしぶしぶ電話をした。パジャマのことを言うと、おじさんはよく分からないけどきっとおばさんが送ったのだろうということだった。それから長々と、学校はどうだ勉強はどうだ野球の試合はどうなったなどなど。ああ、これだから電話は嫌いだ。それでもとりあえず、お礼が言えたからいいとしよう。

 その日の夜、タカシはそのパジャマを着て寝た。ふわふわとしてとても気持ちいい。春先とはいえ夜はまだ少し寒い。タカシはうとうととしながら、この、ふわふわっとした穏やかな感じは前にも味わったことがあると思った。それはマサオと一緒に川土手で遊んだときのことだ。暖かな日差しが気持ちよくて草むらに寝っ転がって昼寝をした。あのときと同じくらい暖かくて穏やかな感じ。タカシはあたたかくて穏やかな気分になり眠りについた。

「タ、タカシくん!」
 突然の叫び声、マサルだ。
「か、顔が、緑色になってる!」
ふと気が付くとタカシは草むらに寝ころんでいた。暖かな日差しを浴びてマサルと一緒に昼寝をしていたのだ。
 マサルは何を騒いでいるんだ。草の上で寝ていたから草の色が顔に付いただけだろう。タカシはそう思いながらマサルを見た。
「あ、ああぁ、マサル!」
 タカシは慌てて跳びはねた。
 マサルが、なんと、カエルになっている!
 タカシは驚いて道ばたに走った。後ろからマサルの声がする。マサルも後から付いてきた。
 なんとか土手を上がったところで、何やら大きなカタマリが迫ってきた。ここにいてはいけない、とにかく逃げなきゃ! 体が思うように動かない。やっとの思いで、あぜ道の草むらに逃げ込んだ。
(あぶなかった。もうすこしでみつかるところだった)
 ところが、再び大きなカタマリが現れ、今度は二人とも捕まってしまった。タカシは必死になってもがいたが、むだな抵抗だった。
 二人は得体の知れない透明な容器に押し込まれ、だんだんと意識が薄れていった。

「く、苦しい」
 タカシは汗をびっしょりとかいて目を覚ました。窓の外を見ると夜が明けている。タカシは慌てて鏡を手にした。鏡に映ったタカシの顔はちゃんとタカシの顔をしていた。
「なんだ、夢かあ」
 ところが、頭の上をよく見ると緑色の草がくっついている!
そのとき、タカシのスマホが鳴った。マサルのメールだ。なんとマサルも同じ夢を見たというのだ。タカシは急いでペットボトルをのぞき込んだ。二匹のカエルは死んだように浮いている。
 タカシはカエルが死んだら自分も消える気がして怖くなった。

どうしよう
こまったこまった
 こんなことになるなんて
 こまったこまったどうしよう
 いまさらどうするなんて
こまったこまった
 どうしよう
 
 タカシがちゃんとお世話をしないせいだ、そう言いたいんだろうそんなこと分かってる、とタカシは素直に言えそうにないけれど、とにかくマサルにメールを返した。
「タンボに戻そう!」
 タカシは田んぼに向かった。お母さんの「こんなに朝早くからどこに行くの」とか「遊んでばかりいないで勉強もしなさい」とか、とにかくそんなことに拘わっている場合じゃない。タカシは必死に走った。このあいだの田んぼ、どこどこ!? 焦って道が分からない。タカシはとうとう、足がもつれてひっくり返り、ひざ小僧をすりむいてしまった。
 そこに、反対の道から聞きなれた声がした。マサルだ!
「タカシ! こっち、こっちだよ!」
「マサル! きてくれたんだ!」
「うん」顔を赤らめたマサルが笑い、タカシも苦笑いをした。
 タカシとマサルは必死に走ってこのあいだの田んぼに着いた。
 タカシはペットボトルのフタをそっと開けて中のカエルをさそいだした。二匹のカエルは少しずつ少しずつ動きだし、田んぼの匂いのするほうへのそのそ出ていった。何とか間に合ったようだ。
「マサル、たすかったよ。ありがとな」
「うん」
「タカシくん、あし、だいじょうぶ?」
 さっき転んだせいで、タカシのひざから少し血がにじんでいた。マサルのひざにも傷が残っている。この間カエルをつかまえた時の傷だ。
「これくらいだいじょうぶ。でもオレのせいでマサルも痛い思いをしたね。ごめん」
「うん、だいじょうぶ。ボクもう痛くないよ」
 タカシは思い出したように付け加えた。
「このあいだのじゃんけんもごめんな」
「うん。もう気にしてないよ」
「あぁ、よかった」
「うん、よかった」
「マサル、来てくれてありがとな」
「だって、タカシくんはともだちだから」
「うん、ともだちだな」
「うん、ともだちだね」
 マサルはタカシを見てにっこりと笑った。
 タカシもマサルを見てにっこりと笑った。

  ともだちっていいね
  ともだちっていいね
  いつでもどこでもたよりになって
いつでもどこでもたすけてくれる
だからぼくも
  いつでもどこでもたよりになって
いつでもどこでもたすけてあげる
ともだちっていいね
ともだちっていいね

 二匹のカエルはのそのそとはい回り、やがてすいすいと田んぼの奥へと泳いでいった。

(おしまい)

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